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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)187号 判決

理由

一、原判決末尾目録記載の物件が大熊昇執行委任によつて強制執行として差押えられている間に、被控訴人のため控訴人主張の債務名義に基づいて、控訴人主張のとおり照査手続がなされたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によれば、大熊昇のための差押え及び被控訴人のための照査手続は、債務者を宇都宮猛とするもので、原判決末尾目録記載の物件は、すべて宇都宮猛の所有として差押えられ、照査手続のなされたことが明らかである。

二、控訴人は自から事実らんの一ないし三記載のとおり主張するので、同一ないし三記載の物件をたとえ控訴人主張の経緯において、所有者でない宇都宮猛ないし富子から買受けたとしても、他に特段の主張立証のないかぎり、当該物件の所有権を取得する道理はないので、右一ないし三記載の物件にかかわる控訴人の請求は到底失当であつて排斥を免れない。従つて、この請求を棄却した原判決は相当で、これに対する控訴は理由がない。

三、ところで控訴人は、原判決請求原因(二)の経緯により原判決末尾目録記載の三二、三三番の物件(以下甲物件と省略記する)は宇都宮富子の所有物で同人から買受け、前示一ないし三記載の物件及び甲物件以外の原判決末尾目録記載の物件(以下乙物件と省略記する)はその所有者宇都宮猛から買受けたと主張するので考察するに、(証拠)を総合すれば、つぎのとおり認定判定することができる。すなわち、

宇都宮猛及びその妻富子は共同して昭和三六年六月一日訴外大熊昇に対し、同年一〇月末日までに支払うべき約束手形金一四五万円の債務を負担し、これを担保するため、本件差押え物件外数点の物件を大熊昇に売渡担保に提供したこと、宇都宮猛は大熊昇に対し金三〇万円の貸金債務を負担していて、これにつき執行証書が作成されていたが、弁済期が過ぎても弁済がないため、大熊昇は昭和三六年九月二五日執行証書に基づいて、宇都宮猛のみを執行債務者として本件甲乙物件の差押えをなしたところ、宇都宮猛夫婦の依頼を受けた控訴人は同年一〇月五日右夫婦及び大熊昇同席の上、大熊昇に対し、同人の承諾を得て右金三〇万円の債務を代位弁済して、執行証書上の債務を消滅させ、同証書の交付を受け、かつ、大熊昇は控訴人及び宇都宮夫婦に対して、差押えを解放することを約して、相対的な差押えの効力を放棄し、自己が差押え物件について売渡担保権を有するところから甲乙物件につき同人及び宇都宮夫婦において差押え物件を控訴人に対し売買名義をもつて有償譲渡して占有を移転したこと。(これを法律的に正解すれば、大熊昇は代位弁済者に対する売渡担保権の譲渡、執行証書の交付、求償債務を対価とする物件の譲渡、占有の移転である。差押えによつて執行吏が差押物を占有しても、差押債務者の占有権が消滅するものではなく、差押え前の債務者は占有権を有するのである(最高裁昭和三二年(オ)第一一四〇号同三四年八月二八日第二小法廷判決参照)。もつとも甲物件は宇都宮富子の所有であるから、大熊昇のなした同物件に対する執行証書による差押えは実体法上違法であり、差押えによつて執行吏は同物件の占有権を取得することはない(大審院昭和九年(オ)第九七八号同年一一月二〇日第二民事部判決参照)ので、大熊昇及び同人の差押えを前提とする照査債権者である被控訴人は、控訴人が甲物件について所有権を取得したことを否認し得べき民法第一七八条にいう正当な利害関係を有する第三者ではない(大審院昭和一二年(オ)第二五七号同年七月六日第二民事部判決)から他の争点について判断するまでもなく、甲物件にかかる控訴人の請求は、正当としてこれを認容すべきである。)大熊昇が執行吏に対して差押解放の執行を委任し、執行吏が解放手続を採つたのは昭和三八年五月三一日で、被控訴人はこれより早く昭和三七年二月三日照査手続をなしているけれども、差押債権者である大熊昇と宇都宮夫婦及び控訴人間の関係は、前認定のとおりであつて、たんに差押債権者が執行債務者から執行債権の弁済を受けて、差押えを解放することを約し、執行吏によるその解放前に照査手続がなされた場合と異なり、本件においては、差押債権者たる大熊昇が相対的な差押の効力を放棄し、かつ一面甲乙物件の売主となつてこれを控訴人に譲渡したこと、その他前認定のような事実関係の存する以上、差押えの効力は、差押債権者の利益を保護するという相対的効力を有することを考慮すれば、少くとも控訴人に対する関係においては、甲乙物件の照査手続債権者たる被控訴人は、控訴人が甲乙物件につき所有権を取得したことを否定し得ないと解するを相当とする(甲物件については、さらに前説示のような理由がある)。

以上のとおり認定判定することができる。これに反する被控訴人の主張は採用しない。されば甲乙物件につき控訴人の請求を認容すべく、控訴は理由があり、これと異趣旨の原判決を取消すべきものと認める。

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